特集
Special Feature Article
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「塩」は人体にとって必須のミネラルであり、おいしい食事には欠かせない調味料です。しかし、塩の味わいである「塩味(えんみ)」は、同じ量でも人によって濃すぎてしょっぱく感じたり、薄くて物足りなく感じたりと、感じ方が異なることに「ナゼ?」と疑問を持った経験はありませんか? そこで、塩の不思議について研究している先生方に、塩味の感覚や料理に役立つヒントについてお話を伺いました。
1 料理の味付けの好みと塩の関係とは
2 同じ塩分量でも人により「しょっぱい」「物足りない」と感じ方が違う?
- 助手
- 味覚の感じ方の研究では、甘味や苦味をキャッチする受容体はわりと早くから発見されていたのですが、塩味については長年謎だったそうです。
- 発明家
- 意外ね。塩味ってシンプルだし、「基本味」の中で必須栄養素なのはナトリウムだけだから、最初に発見されそうなものなのに。
- ロボット
- ナトリウムは、身体の中にも含まれている成分です。
- 発明家
- そうね。唾液にもナトリウムは含まれているけど、口の中が常にしょっぱいわけじゃないし。確かに解明は複雑なのかもしれないわ。
- 助手
-
今までの塩味研究は、ナトリウム、正しく言うとナトリウムイオン(Na+)が塩味を引き起こすと考えられて進んでいました。そして、ナトリウムイオンを味細胞内に流入させる受容体が明らかになったんです。ただ、塩分が高い時での反応はナトリウムイオン濃度だけでは依然として説明できなかったそうです。
そこで朝倉先生は、役割が不明だったナトリウムイオンの対となる塩素のイオンであるクロライドイオン(Cl−)に注目されたそうです。共同研究を行い、マウスを用いた実験でクロライドイオンにも受容体があることに気が付いたんです。
さらに研究を進め、それが味細胞の膜にあるタンパク質「TMC4」であることを明らかにしました。この「TMC4」を通ってクロライドイオンが細胞内に入ると塩味感覚が強まる、と発表したのです! - 発明家
-
つまりこういうことかしら? 塩味を感じた味細胞は、味覚神経を介して塩味シグナルを脳に発するのよね。
このとき、ナトリウムイオンだけではなくクロライドイオンも必要で、流入したナトリウムイオンに刺激を受けた「TMC4」を介してクロライドイオンも味細胞に流入することで、塩味を感じるシグナルを増幅させることが分かった、と。 - ロボット
- 味覚にはさまざまな成分が関わっているので、同じ塩分量でも「しょっぱい」「物足りない」といった、人により感じ方が異なるのも当然、ということですね。
- 助手
-
その通り! 未知のことが分かってくると、それぞれの人にあった、おいしく、そして健康的な料理もできるかもしれないんだ。
例えば、朝倉先生が発見された「TMC4」も同じで、クロライドイオン以外でこれを活性化させる物質が見つけられれば、塩分が薄い味付けでも程よく塩味を感じさせることができるかもしれないのです! - 発明家
- 未知の解明が、新たな探究の可能性につながる。研究者冥利に尽きるわね。
- 助手
-
さらに、朝倉先生によると、味覚は物質だけではなく人の記憶も関係している そうです。
味蕾(みらい)から脳に送られてきたシグナルで塩味の濃さなどを感じるのですが、そこに記憶が作用することで、さらにおいしさを感じたり、物足りなさを感じたりと、個人差が出てくるのではないかと推測されています。 - ロボット
- 塩味を調整する新たな物質……(明日のおみそ汁にはカカオを入れてみましょうか)。
- アドバイスをくれた研究者
-
朝倉 富子 先生
プロフィール:放送大学教養学部教授。東京大学 大学院農学生命科学研究科 「味覚サイエンス」特任教授。食品科学の分野で、塩味受容のメカニズムを解明し、塩味のシグナルを伝える分子を発見するなど、味の伝わる仕組みや、食品中の味物質の分析と設計について研究を行っている。
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プロフィール:放送大学教養学部教授。東京大学 大学院農学生命科学研究科 「味覚サイエンス」特任教授。食品科学の分野で、塩味受容のメカニズムを解明し、塩味のシグナルを伝える分子を発見するなど、味の伝わる仕組みや、食品中の味物質の分析と設計について研究を行っている。
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3 塩分量を変えずに塩味の感じ方を変えることはできる?
- 助手
-
長田先生によると、塩化ナトリウムの摂取をコントロールする神経経路が、人の脳にはあることが最近の研究で分かってきたそうです。さらに、その経路と匂いを伝える経路が重なっていることが明らかになってきているようです。
そこで、塩分の摂取量をコントロールする経路を“匂い”で刺激することで、塩味の感じ方に変化が出るのではないかとの仮説を持って研究され、オレガノに効果があると突き止められたんです。 - ロボット
- ヨーロッパの地中海沿岸を原産とするシソ科ハナハッカ属の多年草で、イタリア料理のハーブとして入れる香辛料ですね。
- 発明家
- 匂いは化学物質だから……。なにかしら脳に刺激を与えることは十分考えられるわね。どうやってオレガノにたどり着いたの?
- 助手
-
実験に使える匂いの素材を探していたある日、実家がイタリアンレストランの教え子が、「オレガノを使う料理は塩を効かせなくてもおいしいです」と言ったことが、研究のヒントになったそうです。
長田先生がマウスを使った研究を行った結果、オレガノに多く含まれているカルバクロールという匂いの成分が、「塩味の摂取行動を抑制する効果がある」ことが、明らかになったのです。 - ロボット
- それはすごいです。明日からみそ汁にはオレガノをちらしましょう。カルバクロールならタイムも含んでいますね。
- 発明家
- みそ汁にはちょっと……。
- 助手
-
さらに長田先生によると、塩分の摂取量をコントロールするメカニズムは少なくとも3つあるそうです。
1:体の中にある機能で、血液中の塩分濃度を調節するアンジオテンシンⅡが脳に働きかけ、血液中の水分を調整するメカニズム
2:味覚神経の味蕾(みらい)が刺激され、脳にある嗜好性に影響する神経群が興奮するメカニズム
3:覚醒と心の安定の神経ともいわれるセロトニン神経系が関与するメカニズム
これらのメカニズムが協調して働いて、塩味は十分、あるいはもっと欲しいと感じるそうです。
匂いはこれらのメカニズムの経路に影響しているのですね。 - ロボット
- 身体の中からの刺激と外からの刺激、そして心の刺激が少なくとも関係している、興味深いメカニズムです。人間の塩味の感じ方には、幸せという感情が関わってくるのですね。
- 助手
- そうなんだ、幸せと感じる環境で食べることも塩味の感じ方に影響するんですよ。
- 発明家
- たしかに、研究に没頭するあまり出来合いの食事で幸せを感じてしまっていたわ。そんな私の塩味感覚だと、先ほどのバランスが良いみそ汁は薄く感じてしまったのね。
- ロボット
- これからはたくさん香りも楽しめる“幸せ”な食事をご用意いたします!
- アドバイスをくれた研究者
-
長田 和実 先生
プロフィール:日本大学生物資源科学部食品開発学科教授。食品の香りによる嗜好調節や新たな生理機能の解明を目指し研究。食品中の匂い成分による食塩摂取量の調整に関する研究では、オレガノに含まれる匂い成分カルバクロールに塩味の摂食行動への抑制効果があることを発見した。
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4 塩をいっぱい入れる以外においしい料理にする方法はないの?
- 助手
-
中村先生は、工学分野でヒューマンコンピューターインタラクション(HCI、人とコンピューターとの相互作用)領域の専門です。
あるとき、味覚を工学的にコントロールし新しい味の体験を作り出せないかと思い立ち、研究を開始されたそうです。 - 発明家
- すばらしい着眼点ね。視覚や聴覚でのHCIの分野は、VR機器などでかなり発展してきているけど、味覚や嗅覚の研究はこれからと聞いているわ。
- 助手
- 電気で刺激すると、食べ物の中にある電解質(イオン)が動くことで塩味が変化することが分かってきています。仕組みはまだ完全には解明されていないようですが。
- ロボット
- ナゼ、食べ物の中の電解質(イオン)が動くと塩味が変化するのですか?
- 助手
-
口内にある味覚神経の味蕾(みらい)に、塩化ナトリウムが触れることで塩味を感じるといった、基本的なメカニズムは一緒です。
中村先生は、口内で塩が水分(唾液など)に溶けて電離していることに注目し、電気を流すことで舌の周辺にナトリウムイオン(Na+)を集め塩味を強めたんです。 別の要因も作用している可能性もあるようですが。 - ロボット
- 大量の電気を直接流せばよいのですね!
- 発明家
- うっ。それは危険だよ。
- 助手
-
そこで中村先生は電気を調整して流すデバイスづくりも行い、最初は食事に使うスプーンやフォークをデバイスとして開発されました。しかし、デバイスが口から離れて咀嚼(そしゃく)しているときは、味の変化が保てないことが分かったんです。
そこで、常に電気刺激をコントロールできるデバイスを食品メーカーなどと共同開発し、首または耳にかけて使用するウェアラブルデバイスのコンセプトができたのです! - ロボット
- 顎と首の電極から常に微弱な電気刺激を流して、コントロールするのですね。液体だけでなく、固形物でも効果を発揮しそうです。
- 発明家
-
このデバイス。おしゃれなマイク付きヘッドフォンのようなデザインね。
機能や効果を探求するだけではなく、使う人の気持ちや利用シーンまで考えて開発されている中村先生はすばらしいわ。発明家としては学ばなければいけないわね。 - ロボット
- 影響があるのは塩味だけでしょうか。ワタシの計算ではプラスイオンになるものなら、ほかの味覚にも影響がありそうですが。
- 助手
- そうなんだ。食品によってはうま味(グルタミン)や酸味も強まり、風味にも影響を与えることが実証されています。
- ロボット
- では、今度は電気味覚をテーマにした刺激的なエレクトリカル・フルコースにチャレンジいたします!
- 発明家・助手
- それはもうちょっと味覚の研究が進んでからにしようか!
- アドバイスをくれた研究者
-
中村 裕美 先生
プロフィール:東京都市大学メディア情報学部情報システム学科准教授。ヒューマンコンピューターインタラクション(HCI)の分野で電気味覚による味覚変化を研究。2024年9月には経皮電気刺激を活用して食品の味を調整する「電気調味料」の技術を食品メーカーなどと共同開発。
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5 塩味感覚の研究者が集うシンポジウムとは?
- 助手
- シンポジウムでは、自分が考えた「ナゼ?」を先生方に直接聞ける質疑応答コーナーもあります!難しく考えずぜひ気軽に参加してくださいね!
6 ソルト・サイエンス・シンポジウム2024のご案内
・開催期日 | 2024年10月28日(月)13:00~16:40 |
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・開催場所 | 都市センターホテル(東京都千代田区平河町) |
・テーマ | 「塩味感覚を複眼的に考える」 |
講演内容(講演順) | |
①「塩味の受容メカニズムは、どこまで明らかになったのか」 | |
講演者:朝倉 富子 放送大学教授 | |
②「味覚電気刺激が変える塩味感覚」 | |
講演者: 中村 裕美 東京都市大学准教授 | |
③「食品中の匂い成分による食塩摂取量の調節」 | |
講演者: 長田 和実 日本大学教授 | |
・参加費 | 無料 |
・参加登録 |
下記のURL(Googleフォーム)よりご登録ください。 後日、参加証メールを送らせていただきます。印刷の上、当日受付にお持ちください。 なお、座席数に限りがございますので、定員オーバーとなりました際はご容赦ください。 https://forms.gle/bb55chHpj2XdtoUS8 |