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2025.02.27 シンポジウム2024レポート
【塩味の謎を解明】食品開発に応用が期待される塩味研究の最前線

本記事では、塩についての助成研究成果および科学的な情報の普及と啓発を目的として、公益財団法人ソルト・サイエンス研究財団が開催した、ソルト・サイエンス・シンポジウム2024「塩味感覚を複眼的に考える」の模様をお伝えします。

目次
  1. 塩味研究の成果を報告するソルト・サイエンス・シンポジウム2024が開催
  2. 塩味受容に不可欠な「クロライドイオン(Cl)」と「TMC4」の関係性が判明【朝倉富子教授】
  3. 塩味の感じ方を「味覚電気刺激」でコントロール【中村裕美准教授】
  4. 「オレガノ」の匂い成分が塩味増強作用に効果【長田和実教授】
  5. 参加者の質疑応答で見えた新たな可能性

1  塩味研究の成果を報告するソルト・サイエンス・シンポジウム2024が開催

ソルト・サイエンス・シンポジウム2024の開催案内と、理事長の川北力氏の開会挨拶の画像

ソルト・サイエンス研究財団では、塩に関する助成研究の成果に加え、時宜を得た塩の科学的な情報の普及と啓発を目的として、2003年からソルト・サイエンス・シンポジウムを開催している。

第21回目となる今回は、「塩味感覚を複眼的に考える」をテーマに、2024年10月28日(月)に都市センターホテル(東京都千代田区)で開催された。理事長の川北力氏の開会挨拶の後に登壇したのは、各分野で活躍されている、放送大学教授の朝倉富子氏、東京都市大学准教授の中村裕美氏(ともに座長は元大妻女子大学大学院教授の松本美鈴氏)、日本大学教授の長田和実氏(座長は東北大学名誉教授の駒井三千夫氏)の3名。

当日は、約80名の塩事業関係者、一般企業・大学関係者だけでなく、高校生も参加され、登壇者の講演に熱心に耳を傾け、講演後の質疑応答も活発に交わされていた。

2  塩味受容に不可欠な「クロライドイオン(Cl)」と「TMC4」の関係性が判明【朝倉富子教授】

放送大学教授の朝倉富子氏と、元大妻女子大学大学院教授の松本美鈴氏の写真
左・登壇者の放送大学教授の朝倉富子氏、右・座長を務めた元大妻女子大学大学院教授の松本美鈴氏

最初に登壇した、塩味受容のメカニズムについて研究をされている放送大学教授の朝倉富子氏は、「塩味の受容メカニズムは、どこまで明らかになったのか」をテーマに、研究で判明した塩味受容におけるクロライドイオン(Cl)とその受容体である電位依存性クロライドチャネル(TMC4)の重要性について講演した。

味の伝わる仕組みを解明することで、“おいしい塩の量”を見つける

味覚の基本味は「甘味」「うま味」「酸味」「苦味」「塩味」があるが、その中で「塩味」を感じさせる塩化ナトリウム(NaCl)だけが、必須栄養素であり栄養学的にも非常に重要であるという。朝倉氏は「塩分を摂らずに人の健康は維持できません。しかし昨今、塩分をどのように適切に摂るかが課題となっています。これは、唯一の栄養素だからこそ起きていることだと思います」と話す。そこで、食品の塩分量を考える際に、塩分を減らしたり他の味覚で補ったりといった複数のアプローチを考えるより、ひとつの方法での解決を模索すること、つまり味の伝わる仕組みを解明することで、“おいしい塩の量”を見つけられるのではと考えたことが今回の研究の出発点だったという。

現在公表されている研究では、塩化ナトリウム(NaCl)のナトリウムイオン(Na+)の受容体である「上皮性ナトリウムチャネル(ENaC)」が発見されたことで、塩味を感じさせるのはナトリウムイオン(Na+)であるとの考えが一般的になっているという。しかし朝倉氏は、塩化ナトリウム(NaCl)のもうひとつの成分である塩化物イオン=クロライドイオン(Cl)にも注目する必要があるという。「塩化ナトリウム(NaCl)のみが、唯一の塩味の物質だと考えられます。塩の代替物を考える際は、『Na+かClのどちらかを変えていく』ことになりますが、KClやNa2SO4といった塩とは全然違う物質や味になってしまいます。そのため、塩味にはナトリウムイオン(Na+)だけではなく、クロライドイオン(Cl)も必要ではないかと考え、その塩味受容体を見つける研究をスタートさせました」

朝倉氏のチームは、新しい塩味受容体を発見するために、以下のストラテジーで研究を進めた。

■朝倉氏による塩味受容体探索へのストラテジー

①味蕾(味細胞)に大量に発現(in situ ハイブリダイゼーション)
味を感じる受容体のため、味蕾細胞上にあること
②イオンチャネル(電気生理学的手法)
電気を通すイオンチャネルであること
③口腔内の食塩濃度依存的に活性化(電気生理学的手法)
食塩の濃度により応答が変わること
④官能検査による既知の減塩物質に応答(電気生理学的手法)
既存の塩味を活性化させる物質にも応答すること
⑤KO(ノックアウトマウス)を用いたアッセイ(トランスジェニック動物)
塩味受容体と想定される物質を排除したマウスは塩味が感じにくくなること

研究は、味細胞では発現するが味細胞がない細胞では発現しないたんぱく質を探し出すことから開始し、さまざまなスクリーニングの結果、味細胞の膜たんぱく物質「TMC4(Transmembrane channel-like4)」が有力な候補となる。阻害剤を用いた実験では、TMC4が電気を通すイオンチャネルであり、陰イオンが通過することが実証された。さらに、塩味を活性化させる物質として既知されている塩化コリンやアルギニン塩酸塩を使うと、TMC4が活性化されることも判明した。つまりTMC4は、クロライドイオン(Cl)を受容し、塩味に関わっていることを示唆する結果を得られたという。

朝倉氏は、TMC4が塩化物イオンに応答するなら、置き換えた物質によっても応答が異なると考え研究を続ける。塩化ナトリウム(NaCl)に対しクロライドイオン(Cl)は同じ物質を使い、KClなどの陽イオンを変え、ノックアウトマウスによる比較実験を行った結果、応答が変わったという。「TMC4が塩化物イオンに応答する分子であり、なくなることで応答性が変わることが分かりました。しかし、 “この応答イコール塩味”かは、現状では決定的ではないと考えるに至りました。そこで、ナトリウムイオン(Na+)、クロライドイオン(Cl)の両方が必要だという原点に戻る必要があったのです」

味細胞の膜たんぱく物質「TMC4」を研究することが“おいしい塩の量”の発見につながる

TMC4と塩味の関係を見つけることが、塩味とは何かというゴールになると考えられるという朝倉氏。実はすでに研究の仮説を立てている。それが、TMC4を介した塩味受容経路の解明だ。

朝倉氏の仮説では、TMC4は味細胞の膜に存在し、カチオンチャネル(未発見であるが存在が推測されている陽イオンチャネル)がまずナトリウムイオン(Na+)を取り込み、次にクロライドイオン(Cl)を取り込む時に発生する活動電位の刺激で、塩味がつくられるという。この際TMC4がないと、活動電位の幅が全く異なってしまう、つまり塩味の伝達が弱くなるようだ。

「TMC4は塩味受容に関与する電位依存性クロライドチャネルであることが分かってきました。この発見により、TMC4を活性化させる塩味増強物質を見つけることができれば、同じ塩分量でもより強く塩味を感じさせることができ、 “おいしい塩の量”の発見につながると考えています」

朝倉氏は今後、TMC4の立体構造を解析することで、塩味を感じるメカニズムをさらに解明し、塩味増強物質の発見を目指して研究を続けるとのこと。「味覚の研究は何の役に立つのかと聞かれることがありますが、食べ物をおいしく食べるということは、人間が生きていく上で非常に大切なことだと思います。高齢者の低栄養が問題視されることもあり、味覚はもちろん匂いや音、歯応えなど、おいしく食べるための工夫に基礎研究が役立っていかなければと考えています。食品を口から食べることなど、人々のwell-beingのために、私たちの研究が役立つように続けていきたいと考えています」

朝倉富子教授のプロフィール写真 朝倉富子教授のプロフィール写真
放送大学教養学部教授/東京大学 大学院農学生命科学研究科 「味覚サイエンス」特任教授
朝倉 富子 氏
プロフィール:
食品科学の分野で塩味受容のメカニズムを解明し、塩味のシグナルを伝える分子を発見するなど、味の伝わる仕組みや食品中の味物質の分析と設計について研究を行っている。東京大学 大学院農学生命科学研究科の特任教授として、「味覚サイエンス」の研究に2007年より従事。
東京大学 大学院農学生命科学研究科「味覚サイエンス」の研究室の写真
研究室
「味覚サイエンス」の研究室では、食品成分の分析や味覚・栄養に関する分子生物学的・栄養学的研究を行っている

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3 塩味の感じ方を「味覚電気刺激」でコントロール【中村裕美准教授】

東京都市大学准教授の中村裕美氏と、元大妻女子大学大学院教授の松本美鈴氏の写真
左・登壇者の東京都市大学准教授の中村裕美氏、右・座長を務めた元大妻女子大学大学院教授の松本美鈴氏

2人目に登壇した東京都市大学准教授の中村裕美氏は、人間の能力を拡張させるシステムの開発など、ヒューマンコンピューターインタラクション(HCI、人とコンピューターとの相互作用)に関する研究に取り組み、テーマを「味覚電気刺激が変える塩味感覚」として、味覚を工学的にコントロールする電気味覚での塩味コントロールについて講演した。

「味覚電気刺激」を応用し塩味の活性化を図る研究

中村氏はまず「味覚電気刺激」について、「2種類の異なる金属を舌に当てた時に味のようなものを感じること、たとえば電池をなめるとピリッとすること、それが『味覚電気刺激』のひとつです。1752年に発見され、舌や口腔など味蕾が存在するところに電気刺激が与えられると、酸味や苦味、金属的な味を感じる現象としてよく知られています」と解説した。中村氏はこの「味覚電気刺激」の応用について、明治大学大学院時代に宮下芳明教授の研究室に在席し、2人が発表した論文(2010年に国内、2011年に国際で発表)で、2023年にイグノーベル賞を受賞している。

明治大学大学院卒業以降は、味覚生起位置の制御手法を電流分布のシミュレーションや実験を実施して構築し、「味覚電気刺激」を活用した食体験拡張技術の見識を深め、工学分野から味覚領域での新しい食体験へのアプローチを行う。そして、企業と共同で開発・改良を行った下顎前部および首後部に装着し経皮電気刺激で塩味の活性化を図る装置(デバイス)へと至ったという。

そもそも、塩味の制御に電気刺激を用いる手法を提案したきっかけは、中村氏が食品を介して電気刺激を流し、食事の味を変化させる食器型装置を出す少し前の2009年に発表された、舌の周辺に陰極がある状態で電気刺激を流す、いわゆる「陰極刺激」による塩味制効果についての論文にあったという。中村氏はこの論文から、塩分量ではなく塩味の感じ方をコントールできるのではと考え、明治大学大学院時代からさまざまな装置で検証を行ってきた。

■中村氏が検証した味覚電気刺激の装置の一例

①食器(+食品)と持った手を介して電気が流れる「食器一体型装置」
②電流経路に味覚器が含まれるように経皮(皮膚)に電極を貼る「口腔外設置型装置」

味覚電気刺激で塩味感覚をコントロールする場合、電気の流し方が大きなファクターになる。塩化ナトリウム(NaCl)は、口に含まれると唾液等液体に溶けて、NaとClが電離した状態で存在するようになる。「その状態で電気を流すと、Na+とClがそれぞれ、電極がある側に引っ張られ、その結果塩味の強度が変化するのではないか、電気刺激により舌からNa+が離れる(舌から遠い電極に引き寄せられる)と塩味が抑制され、舌の方へNa+が近づいて来ると、塩味が増強されるのではないか、という仮説が実験から見えてきました

経皮電気刺激を活用して食品の味を調整するウェアラブルデバイスを開発

こうした成果から、経皮(皮膚)に貼った電極からの電気刺激で塩味をコントロールする「口腔外設置型装置」のウェアラブルデバイスの研究を民間企業や他校と行い共同開発を実施し、経皮電気刺激を活用して食品の味を調整する技術を開発することとなった。

中村氏は「多くの食べ物には味と栄養が切り離せない形で存在しているので、味を満足する濃さまで求めてしまうと、栄養の取り過ぎとなってしまうことも多いです。その点、電気味覚は、味はするが栄養はないので、電気味覚を活用することで、健康に適切な栄養を摂りながら、味でも満足することが可能になると思っています。人それぞれの事情や好みにあった塩分量を電気味覚でコントロールする未来がくると思っています」と新しい味覚体験について締めくくった。

中村裕美准教授のプロフィール写真 中村裕美准教授のプロフィール写真
東京都市大学メディア情報学部情報システム学科准教授
中村 裕美 氏
プロフィール:
ヒューマンコンピューターインタラクション(HCI)の分野で電気味覚による味覚変化を研究。2024年9月には経皮電気刺激を活用して食品の味を調整する「電気調味料」の技術を食品メーカーなどと共同開発。
中村裕美准教授の研究室の写真
研究室
研究室では、VR・メタバースシステムや人間の能力を拡張するシステムを研究し、3Dプリンターなどを活用し味覚電気刺激の装置の試作も行う

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4 「オレガノ」の匂い成分が塩味増強作用に効果【長田和実教授】

日本大学教授の長田和実氏と、東北大学名誉教授の駒井三千夫氏の写真
左・登壇者の日本大学教授の長田和実氏、右・座長を務めた東北大学名誉教授の駒井三千夫氏

最後に登壇した日本大学教授の長田和実氏は、食品の匂いによる嗜好調節や新たな生理機能の解明を目指し研究している。今回の「食品中の匂い成分による食塩摂取量の調整」では、オレガノの匂いとその成分であるカルバクロールによる塩味摂食行動への抑制効果の仕組みについて講演した。

食品の匂いで塩分量をコントロールする試み

長田氏はもともと、嗅覚と生物の行動や、嗅覚経路と脳の神経機構について研究してきたこともあり、食品の匂いに塩分量のコントロール効果はあるのかという、嗅覚からのアプローチを行ったという。

食品の匂いは、食欲を湧かせたり、鮮度を判断する指標となったりするなどの効果はあるが、特定の栄養成分の調整に関係するという研究はあまり前例がなかったそうだ。しかし、嗅覚情報は大脳の辺縁系などに入ることで、感情を動かしたり、ホルモン分泌を調整する視床下部などに大きな影響を及ぼしたりすることは分かっていた。長田氏は、「そもそも味覚ではない嗅覚刺激に塩分量をコントロールすることができるか、逸話としてはたくさん聞き知っていましたが、確かめてみようと話が始まりました」と、振り返った。

長田氏は、マウス(雄雌)を使った匂いの塩味増強作用に関する行動学的評価について、以下の工程で研究を進めた。

■長田氏によるマウスの塩味増強作用に関する行動学的評価系の確立

①二瓶選択装置と匂いの提示
再仕込み醤油やオレガノなどの香りによるマウス(雄雌)の水分摂取の測定
②HS-SPMEによるオレガノ揮発性成分のプロフィール解析
乾燥オレガノから匂い成分を抽出
③カルバクロールでの二瓶選択装置と匂いの提示
環境下でのカルバクロール濃度の継時変化とのマウス(雄雌)の水分摂取の測定
④オレガノの中枢に対するFos陽性細胞活性の確認
マウス(雄雌)の脳神経への影響の測定
⑤脳内神経物質の測定
オキシトシン系やセロトニン系などが関与する食塩摂取調整の測定

まず、食塩水と比較するために、再仕込み醤油、ベーコン燻製臭、オレガノなどの匂い成分のサンプルを用意し、二瓶選択装置で水分摂取量を測定したところ、それぞれ活性化が見られたがオレガノの活性が一番高かったという。オレガノをサンプルとして選んだ理由について長田氏は、「ハーブを含んだピザソースはケチャップを使ったソースより塩分量が少なかったことがあります。また、オレガノを料理に使うと食塩の使用量が下がるという話を、実家がイタリア料理店を営む学生から聞き、可能性があるのではないかと思いました。実際、思惑通りの実験結果が得られました」と語った。

オレガノの匂い成分を調べてみると、複数のサンプルから共通で検出された成分は、揮発性有機酸・エステル9種類、アルコール類7種類、モノテルペン類6種類。中でも66.2%を占めていたのがモノテルペン類の「カルバクロール」で、オレガノの匂いの主成分であることが判明した。

次に、カルバクロール単体でのマウス実験を行った結果、オレガノ同様に感受性が高いことが分かったが、雌雄差が発生しており、より雌の方に効果が見られる結果となった。オレガノでの効果では差はなく、カルバクロール単体では差がでていることから、オルガノに含まれている他の匂い成分との混合臭が効果を発揮している可能性が推測された

オレガノの匂いがなぜ塩味増強作用を発揮するのか。長田氏はNa+調節中枢を活性化させるためだと言う。「オレガノを嗅がせることでマウスの脳のどの神経を興奮させるかを調べてみると、味覚刺激によりNa+の摂取を促す結合腕傍核や、オレガノの匂いを受容し、且つNa+に対する嗜好を起こさせる扁桃体中心核、さらにはアンジオテンシンⅡのシグナルでNa+摂取を促進する分界条床核腹側部も反応しています。加えて、食塩摂取と関連すると報告されているセロトニン神経の起始核である縫線核も反応しています。つまり、オレガノの匂いを嗅ぐことでNa+調整中枢の複数の神経核が活性化されることが示されたのです」

さらに脳内の神経物資の変化を詳細に調べるために、マウスに低Na+食を給餌し、その都度オレガノの匂いを暴露させる実験を行った。その結果、オレガノの匂いを嗅いでいないマウスに比べて食塩水の摂取量が低くなった(塩味増強作用が認められた)。その脳の嗅球、扁桃体、視床下部を調べたところ、扁桃体でセロトニン受容体R1a、R2cが上昇し、嗅球ではセロトニン受容体R3aの上昇も認められた。一方、視床下部ではオレキシン、オレキシン2Rとも下がっていた。オキシトシン系は、食塩摂取を抑制することが以前から判明していた。

オレガノの匂い主成分であるカルバクロールによる脳の中枢における塩味増強作用を精査

「これらの結果をまとめると、Na+調整作用に関与する複数の脳内神経核が活性化し、セロトニン系が神経強度を高めオレキシン系は低下しオキシトシンの増加が見られました。オレガノの匂い成分が塩味増強作用を発揮する脳内メカニズムの一端が明らかとなったのです」と、長田氏は本研究をまとめた。

最後に長田氏は今後の抱負を述べた。「カルバクロールの塩味増強作用が未梢で受容するメカニズムの解明と、脳の中枢で塩味増強作用が起きるメカニズムの全貌を解明していきたいと考えています。また線虫を用いて、オレガノ以外でも同様の作用がある匂い成分をスクリーニングしていく方法も開発していくつもりです。こうした研究を積み重ねていき、最終的には人での官能評価やウイルスなどを使って脳内での覚醒度の変化なども見ていきたいと考えております」

長田和実教授のプロフィール写真 長田和実教授のプロフィール写真
日本大学生物資源科学部食品開発学科教授
長田 和実 氏
プロフィール:
食品の香りによる嗜好調節や新たな生理機能の解明を目指し研究。食品中の匂い成分による食塩摂取量の調整に関する研究では、オレガノに含まれる匂い成分カルバクロールに塩味の摂食行動への抑制効果があることを発見した。
長田和実教授の研究室の写真
研究室
研究室では、分子栄養学担当として、香りの科学担当の大畑素子准教授(左)とも連携し、匂い刺激により反応する脳部位の解明や食品中の物質の抽出、解明などを行う

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5 参加者の質疑応答で見えた新たな可能性

それぞれの講演後に行われた質疑応答では、他の研究例の提示や研究の実用化や将来性の言及といった、登壇者に新たな気づきを与えるような声が投げかけられていた。

また今回は特別に、シンポジウムに参加した十数名の高校生と登壇者が直に語らう時間も設けられた。講演内容を基に、大人がなぜ苦い飲み物が好きなのかといったフランクな質問から、味覚受容体の分布や味の感じ方の個人差、実験条件への言及などハイレベルな質問まで投げかけられていた。最後に朝倉氏が味覚と嗅覚についての実験を行った際には、高校生らが楽しみながら講演内容を実地で理解した様子を見て取れた。

塩味といえばシンプルながら奥が深い味わいで私たちを楽しませてくれ、食生活には欠かせない存在だ。しかし今回の講演から、味覚の仕組みだけでなく嗅覚や脳の神経が関わる、とても複雑で今なお謎に満ちたものだと分かった。塩分摂取量が課題となる昨今、従来の生理学だけでなく新しい技術を活用した工学分野の研究も始まるなど、今回のシンポジウムテーマである「複眼的なアプローチ」での研究が、今後ますます重要になってくることが分かった。